言語学から紐解くことばのイロハ~談話・言説分析

研究雑記

Discourse Guidesは一つのきっかけとして機能してくれればいい―結果ではなく過程の重視

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『Discourse Guides』という大げさなものを初めてしまった内心、ヒヤヒヤする一方でちょっとワクワクしている。

なぜなら、きっとこのサイトを運営していくに当たってもっと面白い知見と出会えたり、知的刺激あふれるような議論をできるきっかけになるのではないかと期待しているからだ!

内心ヒヤヒヤする理由

学位も持っていない人間がこのようなサイトを作ったことは中途半端な理解のまま誤った言説をむしろ作ってしまいかねないことに対しての問題意識はちゃんと持っている。

しかし、逆に思うのだが何かしらの立場に縛られないからこそ自由な発想のもと、積極的な情報発信をしてみようと思えたし、実際に行動に移せたのではないかとも思うのだ。

物事には常に「表裏」の側面がある。

何か新しいことをなそうとする時、思い切ってリスクを負う「覚悟」を持つ勇気が必要だ。

それができるのも自分自身の「若さ」ゆえの感性にあると最近は思うようになってきた。

「正しさ」を問う

できることなら「正しい」ことを知りたいし、できることなら「正しく」生きたい。

だが、勉強をすればするほど、さまざまなセカイ、というのも学術のセカイに限らずビジネスのセカイ、大人のセカイ然りなのだが、いったい何が「正しい」ことなのか分からなくなる。

だから、このサイトで目指しているものは「正しいこと」を伝えるというよりも「正しさを問う」ことにある。

「ガイド」という名前を付けているのはあくまでも言語学、社会学、メディア論といった学術的なものの中で何かを考えるきっかけ作りになればと思ってのことだ。

「これが正しいことなんだみんなもっと知ろよ~!!」

なんて大それたことは言わない。

もちろん、僕は哲学者でもあると自負しているので「普遍性への問」は持っているし、正しさを目指さないわけではない。

あくまでも、見せたいのは「結果」としての正しさというよりも「過程」としての正しさだ1)E・サイード(1993)『知識人とは何か』における知識人像に近い。

それを僕は常に行っていきたいと考えてサイトを運営している。

批判をされるための開示

冒頭でワクワクするといったように、このサイト等をきっかけにして建設的な、知的好奇心あふれる議論ができればいい。

批判的談話研究(Critical Discourse Studies:CDS)を中心に学ぶものとしては、分かりやすく伝える努力をしなければ相互的な批判が行えないと思っているし、そこが僕がCDSに惹かれているポイントでもある。

長くなってしまいそうなので、このことについてはまたきちんと言語化していきたいと思う。

注釈・参考文献   [ + ]

1. E・サイード(1993)『知識人とは何か』における知識人像に近い。

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