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論文①:『ポライトネスの政治、政治のポライトネス』

博士学位申請論文『ポライトネスの政治、政治のポライトネス―批判的アプローチからみた利害/関心の批判的分析』の理論的な論述である1章から3章を読了。

論文の入手先

この論文は大阪大学の博士論文で柳田亨吾さんがお書きになった論文だ。

言語文化研究科に属している方のようでたまたまインターネットで検索していたら見つけた。

こちらのリンク先からPDFはダウンロードできる↓

参考

ポライトネスの政治、政治のポライトネス : 談話的アプローチからみた利害/関心の批判的分析大阪大学リポジトリ

まだ理論的な部分しか読んでいないのだが、とても興味深く面白かったので簡単に紹介と感想等を書いておきたいと思う。

論文の概要

理論的な部分の目次はこのようになっている。

目次

1. はじめに
 1.1. 本研究の意義と目的
 1.2. 本論の構成
2. ポライトネス研究
 2.1. 伝統的なポライトネス研究
 2.2. Gino Eelenのポライトネス研究・理論批判
  2.2.1. 一次的ポライトネス、二次的ポライトネス
  2.2.2. 概念上のバイアス
 2.3. 談話的アプローチ
  2.3.1. Relational Work
  2.3.2. ジェンダー・ステレオタイプとポライトネス
3. ポライトネス研究を超えて
 3.1. 批判的談話分析
  3.1.1. Norman Faircloughの視点
  3.1.2. Teun A. van Dijkの視点
 3.2. オーディエンス研究
  3.2.1. Studart Hallの視点
 3.3. まとめ

 

政治の場におけるポライトネスに注目し、前半ではこれまでのポライトネス研究を振り返るとともにGino Eelen(2001)によるその批判的な考察に、批判的談話分析(CDA)においてはどのように接点があるかをFaircloughvan Dijkの研究を取り上げ、CDAが主に援用するHallidayの選択体系機能言語学でもそれらポライトネス研究が談話を社会的実践と捉えるCDAにおいても、ポライトネス研究の新たな側面である発信者だけではなく受信者がどのような前提や文脈をもとにコミュニケーションがなされているかをより精密に分析すべきということが同様に当てはまるといったことを述べ、カルチュアル・スタディーズの知見であるStuart Hallのオーディエンス研究を参照し、CDAが抱える恣意的な読みを超克しようということが全体で述べられていた。

論文の感想

ポライトネス研究の伝統やその批判も面白く勉強になったのだが、特に面白かったのがCDAにおいては複雑な事象を複雑に捉えると言いつつテクスト分析に偏った分析がなされてきており、現在はそれらをどのように乗り越えていくかがポイントになってきているという点だ。

確かに、いくつかの文献や論文を読んできたのだがテクストを如何様に分析し、発信者が何を意図・暗喩したのかということには多くの焦点が当たっていたのだが、受け手である受信者に対する記述はあまり見かけられなかった。

そもそも、なぜ普遍文法や生成文法と相対するHallidayの選択体系機能言語学を援用しながらも認知言語学からの観点といった記述がなかったのが不思議だった。

だが、近年は認知言語学や進化心理学の知見を援用したアプローチもあり、野呂・山下(2012)『読めたのに読み解くことのできなかった原発安全神話』において、A.Schutzの関与性の議論を援用しつつ、談話の受け手の考察を行っているようだ。

当然、だからといって受け手に焦点を当てればいいといった二者択一ではなく、相互的にコミュニケーションは行われているということに注意する必要がある。

CDAと問題関心を寄せている対象を中心に文献を読み進めつつも、どのようにしてCDAが浴びせられてきた批判を乗り越えていけるか、認知言語学的なアプローチも視野に入れつつ考えていけたらと思う。

社会「言語」学に拘泥するのではなく、「社会」言語学を見ていく必要があるという筆者の熱意が伝わってくる論文だった。

実際の分析対象である「国会討論のイン/ポライトネス」や「『死のまち』発言をめぐるイン/ポライトネス」に関しては次の記事になる。

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