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ディスコースマップー領域横断的な「談話・言説」概念の整理

Discourse Duidesで主に扱っている「ディスコース」という概念は大変やっかいなもので、多くの研究領域で、さまざまな形で語られてきました。

ざっくり示すと、言語学系では「文脈を考慮に入れた2・3の文やそれ以上の文章のまとまり」という意味での「談話」、人類学/社会学では「談話+テクストの総称と個々の分野における概念や分析」といった意味での「言説」、これら二つのことばに分けると「ディスコース」の中身が理解しやすいでしょう。

哲学の分野や一部の社会学ではあらゆるものを言説に入れた「ディスクール(ハードな言説概念)」と捉え、上記の「談話」や「言説」は「ソフトな言説概念」とする見方もあります。

このように、「ディスコースとはなにか」を考えることじたいが、大きな研究テーマの一つになってしまうのです。暫定的ではありますが、本サイトで「ディスコース」をどのように位置づけているかを図に示してみました!

「哲学」で言えばフーコーの「ディスクール」、「言語学」で言えば社会言語学や言語人類学の分野で発展してきた「談話分析」、社会学で言えば「知識社会学」「会話分析」、メディア論で言えば「オーディエンス論」「カルチュラル・スタディーズ」などといった分野で、さまざまな角度から部分的に研究されてきたのが「ディスコース」なのです。

僕自身の研究領域からのまなざしをざっくりまとめてしまうと、「ディスコース」は文化人類学とも深く関係する「記号論」の枠組みで捉えています。

特に、本サイトではプラグマティズムの創始者で哲学者のパースの記号論を基点に展開されている社会記号論系言語人類学、さらに人文科学的な言語分析よりも、社会科学よりにディスコースを捉える批判的談話研究(Critical Discourse Studies:CDS)を主な研究分野として参照しています。

それぞれの入門書は下記のものがおすすめです。

それぞれの分野はそれぞれ誕生・発展した時代や、その時代における研究者による固有の問題意識と相まって、研究が積み重ねられてきました。大きくは「人間」を対象とする人文社会科学の領域では、明確に「客観的」な実験を必ずしも行えるわけではありません。つまり、研究をする上ではどうしても「研究者」の知識・経験といったものを考慮に入れる必要があります。

野村(2017)『社会科学の考え方 認識論、リサーチ・デザイン、手法』によると、「社会科学」とは「方法論=認識論+リサーチ・デザイン+手法」の論理的・妥当的な組み合わせです。さらに、「ディスコース分析(言説分析)」は以下の5つに分類できます[野村、2017]。

  1. 実証主義者や経験主義者による言説分析
  2. 実在論者による言説分析
  3. マルクス主義者による言説分析
  4. 批判的談話研究者による言説分析
  5. ポスト構造主義者とポスト・マルクス主義者による言説分析
大学3年生までには押さえておきたい社会科学の考え方ー「方法論=認識論+リサーチ・デザイン+手法」

※ 各項目の簡易解説記事準備中…

5つの分類を参考にすれば、Discourse Duides運営者である僕のまなざしは「弱い⑤」を軸に持ちつつも、「②と④」のまなざしを併せ持っています。「方法論=認識論+リサーチ・デザイン+手法」といっても、必ずしも明確に区別できるものではなく、個々の研究者によって重きとするもの、前提とするものは微妙に異なるので、あくまでこの分類は参考だと思ってください。

いずれにせよ、「ディスコース研究」を行う人は「ことば」そのものを分析の中心に置いていることに間違いはありません。さらに、単に「ことば」そのものを研究するというよりも、「ことば」や「コミュニケーション」そのものには、「社会」や「文化」が埋め込まれており、また社会的なパワー関係の中で「社会」や「文化」をつくりだす、そのプロセスを可視化するために、研究をしていると言っていいでしょう。

言うなれば、「ことばの解放」を一つの指針にしているわけです。

人間が行うコミュニケーションにはどんなメカニズムがあるのか、コミュニケーションそのものにある社会文化とはなにか、コミュニケーションによってどのような影響が与えられているのか、コミュニケーションの連鎖の中で「ことば」の意味はどのように変わるのか、そういったことをつぶさに問いかけるのがディスコース研究です。

普段、何気なく、当たり前に行なっているようなコミュニケーションを問いかける、そして「ことばの解放」によって「よりよく生きる」、そういったことをディスコース研究を行う上で、僕はなしていきたいと思っています。

先にも述べたように、大変ややこしく、難しい分野で考えなければならないことはたくさんあります。学問とは大なり小なりそういうものでしょう。難しくない学問などありません。

ですが、そういった難しさをただ単に「難しい」ままにしてしまうのは、「大変もったいない」と考えています。

難しいけども、面白く、意義深い、そんなディスコース研究の道へと踏み出す、ささいなお手伝いがこのサイトでできれば幸いです。