複雑な社会文化コミュニケーションを分析する―『デジタルウィズダムの時代へ』

技術革新を背景に、グローバル化とデジタル化が進む21世紀。

日常生活に溶け込んだデジタルメディアを考えるに当たって、オーディエンス論を発展させた「オーディエンス・エンゲージメント」と複雑系のパラダイムを取り入れた「コミュニケーションの複雑性モデル」から「若者はなぜメディアに関わるのか?」に切り込むのが『デジタルウィズダムの時代へ』。

メディア論におけるコミュニケーション論のまなざしで、ミクロな個人から社会・文化に至る、ダイナミックな研究への視座を与えてくれる本だ。おすすめ!

基本データと目次

基本データ著者:高橋利枝
出版:新曜社
発行年:2016年10月7日

目次プロローグ

第1章 デジタルネイティブを越えて
第2章 コミュニケーションの複雑性モデル―若者とメディアを捉えるための理論枠組み
第3章 つながり―なぜ若者は絶え間ないつながりを求めるのか?
第4章 デジタルリテラシー―新たな機会を最大に享受するためにはどうしたらいいか?
第5章 リスク―リスクを最小限にするにはどうしたらいいのか?
第6章 自己創造―なぜ若者はメディアと関わるのか?
終 章 グローバル時代を生きる若者たち―21世紀日本とグローバル化の行方
エピローグ
補 論 能動的オーディエンス研究の系譜
付 録 リサーチデザイン

参考文献
索引

『デジタルウィズダムの時代へ 若者とデジタルメディアのエンゲージメント』概要

AIやロボット工学の進展から第四次産業革命が叫ばれる10年代。「変動する世界」の中で、情報のやり取りの多極化が進んでいる。従来のような、情報の「発信者→受信者」のような二項対立では語りきれない世界になっていると言えるだろう。新たな機会は新たな「リスク」でもある。21世紀のグローバル化時代、デジタル機器をに若者はどのように「関わる(エンゲージメント)」のか。10年弱に及ぶ日英米における若者とメディアの関係調査をまとめたのが『デジタルウィズダムの時代へ 若者とデジタルメディアのエンゲージメント』だ。

分析を行うに当たって、これまでのオーディエンス研究の系譜を整理しながら、「能動的-受動的」といった二項対立を越えるために、「日常生活」「複雑系」のパラダイムにシフトしたコミュニケーションモデルを提示する。

Xを「個人」、Yを「社会集団」、Zを「文化」とし、「個人内対話-個人外対話」、「社会集団内対話-社会集団外対話」、「文化内対話」「多文化対話」といったように、さまざまなレイヤーが重層的に折り重なる中で、「自己組織的」に展開していくというものだ。

「コミュニケーションの複雑性モデル」を理論的な前提に、以下の4つの観点からまとめあげていく。

  1. つながり―なぜ若者は絶え間ないつながりを求めるのか?
  2. デジタルリテラシー―新たな機会を最大限に教授するためにどうしたらいいか?
  3. リスク―リスクを最小限にするにはどうしたらいいのか?
  4. 自己創造―なぜ若者はメディアと関わるのか?

日英米の若者へのインタビュー調査(フィールドワーク/グラウンデッド・セオリー・アプローチ:半構造化インタビュー)により、特徴的に浮き彫りあがったものを上げながら、デジタル機器を使いこなす「デジタルウィズダム」である若者たちは、単なる「受動的な存在」ではなく、さまざまなリスクと向き合いつつも、「自己創造」を行っていく様子が描かれる。

従来、文化は「領域」を持つもの、すなわち何かしらの「線引」を行うものとして捉えられてきたが1)今でも「文化的」な領域がないわけではないが、グローバル時代にはコミュニケーションのやり取りのスピードがとてつもなく速く、かつ越境的であることを踏まえると、単なる「領域」として文化を捉えるのはその枠組を狭めるように思う。いたずらに拡散すればいいというわけではないが。、超ミクロな個人から、伝統的な文化の再構築がされているとも指摘する。(例:日本的な「ウチ」の再創造)

「終章 グローバル時代を生きる若者たち―21世紀日本とグローバル化の行方」では、トランスナショナルなつながりを紡ぐことで「グローバルなウチ」を築いていくことで「遠くの他者」への理解や責任が増すのではないかと締めくくられ、コスモポリタンな世界観の提起がなされる。

第1章 デジタルネイティブを越えて

  1. デジタルネイティブとは?
  2. デジタルネイティブの研究動向
    1. 世界におけるデジタルネイティブ研究
    2. 日本におけるデジタルネイティブ研究
    3. デジタルネイティブの定義
    4. デジタル世代vs.非デジタル世代
  3. デジタルネイティブに対する批判
  4. デジタルネイティブを超えて
    1. デジタルネイティブの再構築
    2. 世代論を超えて

第2章 コミュニケーションの複雑性モデル―若者とメディアを捉えるための理論枠組み

  1. 「オーディエンス・エンゲージメント」の概念
    1. 「オーディエンスの能動性」が語られる文脈
    2. 「オーディエンスの能動性」から「オーディエンス・エンゲージメント」へ
  2. 日常生活のパラダイム
    1. 「能動的オーディエンス」のパラダイムから「日常生活」のパラダイムへ
      自己形成とメディア
  3. 複雑系のパラダイムとメディア・オーディエンス研究
    1. 複雑系のパラダイム
    2. オーディエンス研究と複雑系のパラダイム
  4. コミュニケーションの複雑性モデル

第3章 つながり―なぜ若者は絶え間ないつながりを求めるのか?

  1. 携帯電話と絶え間ないつながり
    1. いつもオン
    2. 脱―埋め込み
  2. ソーシャルメディアとつながり―日本の文脈から
    1. ソーシャルメディアとウチ、空気
    2. ソーシャルメディアと高コンテクスト文化/低コンテクスト文化
  3. モバイル・メディアの機会とリスク
    1. 存在論的安心
    2. トランスナショナルなつながり
    3. 絶え間ないつながりによる新たな機会とリスク
  4. なぜ若者は絶え間ないつながりを求めるのか?

第4章 デジタルリテラシー―新たな機会を最大に享受するためにはどうしたらいいか?

  1. なぜ今デジタルリテラシーが必要なのか?
    1. メディアリテラシーが語られる社会的文脈
    2. デジタルリテラシーの定義
  2. アクセス
    1. 情報検索
    2. ウチの強化のための友達情報の探索
    3. ニュースのカスタマイズ
    4. 情報のオーセンティシティ
  3. クリティカル(分析・判断・利用・解釈)
    1. ソーシャルメディアに対するクリティカルな解釈
    2. マスメディアに対するクリティカルな解釈
    3. Wikipedia の批判的利用
  4. 戦術的消費(Tactics)
    1. 時― 空間の構造化
    2. 広告に対する戦術
    3. インフォーマル/フォーマル・ラーニング
  5. 協働
    1. マルチタスク
    2.  プレイ、パーフォーマンス、シミュレーション
    3. 擬似的共視聴
  6. 共有・参加
    1. 親密圏の強化
    2. 公共圏の創造と参加
  7. グローバル時代、デジタル時代において、新たな機会を最大に享受するためにはどうしたらいいか?
    1. デジタルリテラシーとオーディエンス・エンゲージメント
    2. グローバル人材とデジタルリテラシー

第5章 リスク―リスクを最小限にするにはどうしたらいいのか?

  1. リスク社会を生きる若者たち
  2. いじめと誹謗中傷
    1. ネットいじめのニュース報道
    2. いじめと個人情報をさらす
    3. 保護者の介入
    4. いじめの対処法
  3. 個人情報とプライバシー
    1. 投稿写真によるトラブル
    2. Twitter―教室の遊びの延長
    3. プライバシーの問題に関する対処法
  4. ストーカーとオンライン上の出会い
    1. Facebook ストーキング
    2. オンライン上での出会い
  5. 中毒と依存
    1. 中毒
    2. ソーシャルメディア疲れ
    3. 支配
  6. リスクを最小限にするためにはどうしたらいいのか?

第6章 自己創造―なぜ若者はメディアと関わるのか?

  1. 自己創造の概念
  2. ソーシャルメディアと印象管理
    1. リスキーな印象管理
    2. リア充に印象管理
    3. 保守的な印象管理
  3. 自己表現
    1. ソーシャルメディア・マネジメント
    2. セルフィによる自己表現
  4. 自己実現
    1. 自己創造と日本の社会規範
    2. トランスナショナルなテレビ番組と自己創造
    3. ソーシャルメディアと自己創造
  5. なぜ若者はメディアと関わるのか?

終 章 グローバル時代を生きる若者たち―21世紀日本とグローバル化の行方

  1. グローバル時代、デジタル時代における若者の複雑性
    1. 個人の相互作用性と適応性
    2. 社会集団の複雑性
    3. 個人の自己創造とターニングポイント
    4. 文化の複雑性
  2. 21世紀日本とグローバル化の行方
    1. 日本におけるコスモポリタニズムの可能性
    2. コスモポリタン的文化とトランスナショナルなつながり
    3. コスモポリタン的文化とグローバル人材

補 論 能動的オーディエンス研究の系譜

  1. アメリカのコミュニケーション研究における「利用と満足」研究
    1. 初期「利用と満足」研究の再考
    2. 「利用と満足」研究の理論化と批判
    3. 「利用と満足」研究とオーディエンスの能動性
  2. イギリスのカルチュラル・スタディズとヨーロッパの受容理論における受容研究
    1. エンコーディング/ディコーディング・モデル
    2. 受容研究と「利用と満足」研究
    3. 受容研究vs.メディア帝国主義
  3. 日本の情報社会論における情報行動論
    1. 情報行動論
    2. 日本における「利用と満足」研究
    3. 情報行動論と「利用と満足」研究

おわりに

これまでのコミュニケーションモデルはシャノンの「情報伝達モデル」に代表されるように、「A→B」というような単線的なもので表されることが多かった。もちろん、コミュニケーションはさまざまなレイヤーからのフォードバックがなされているという修正モデルは数多く提案されてきたが、10年代以降のグローバル化とデジタル機器の発展が進んだパラダイムの中でのモデルはほとんど見受けられていない。そうした中で、一つの「複雑系」と「オーディエンスエンゲージメント」の視座から、新たな理論的枠組を提示しているという点でとても参考になる書籍だと思う。

著者の高橋は2002年の博士論文にて『Media, audience activity and everyday life: the case of Japanese engagement with media and ICT』を執筆しており、その後の継続的な調査をまとめる形で出版に至った。博論では、日本における家族とデジタル機器の関わりをフォールドワークを行って調査し、伝統的な日本の「ウチ」概念が再創造されていることを分析しまとめあげている。

ただ、ミクロからマクロへと動的に展開されるコミュニケーションの有様を分析とともに示したものとしてはとても参考になるのだが、終章で指摘しているような「グローバルなウチ」としての「他者」は、あくまで理想的なまなざしであることには留意した方が良いだろう。著者は学部生時代には数理科学を学び、大学院から人文社会科学の領域へと踏み込んだそうだ。人文学的なある意味での「ペシミスティック」なまなざしを著者が持っていないとは思わないが、哲学・人類学・社会学などからディスコースを研究している身からすると、やや「オプスミスティック」に映るように感じた。

今後、デジタルメディアがさらに事細かに日常に浸透していくことを鑑みると、そのような「高度な技術」を駆使して人のコミュニケーションを整えていくこともできると思う。だが、やはり人間のもっとぐちゃぐちゃと渦巻いたアイデンティティをはじめとした葛藤に、「パワー(権力)」のぶつかりが終わることはない。そうしたことも踏まえて、ディスコースを読み解く枠組みを考えていきたいと思う。

注釈・参考文献   [ + ]

1. 今でも「文化的」な領域がないわけではないが、グローバル時代にはコミュニケーションのやり取りのスピードがとてつもなく速く、かつ越境的であることを踏まえると、単なる「領域」として文化を捉えるのはその枠組を狭めるように思う。いたずらに拡散すればいいというわけではないが。

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