前回の研究雑記
購入:『大学が変わる 大人たちが、今、知っておきたいこと』
前から本屋で目にして気になっていた本、『大学が変わる 大人たちが、今、知っておきたいこと』。
500円で売っていたので今日はふと購入。
ちょっと目次書くのがめんどうなので写真で勘弁。
昨今の大学界隈で叫ばれているようなことは明らかな負の側面以外、だいたい書かれているかなという印象。
冒頭:為末大エッセイ「越境する人。」
本を開いていきなりあるのがこの為末さんのエッセイ「越境する人。」
これから必要とされるのはどんな人材か?そんな質問をよく見かけます。
そんな言葉から始まる冒頭。人工知能が世を席巻していくであろうことから、大学の変化が叫ばれる時代だと続く。しかし、いったいどうやって変化を予測するのだとわずか9年前にiPhoneが登場したことを引き合いに語りだす。予測はできないが誰かはその一役を買っている。情報科学の金字塔を打ち立てたとも言えるアラン・ケイが予測するより自分で作ってしまえと言ったことを引用しながら、話は自ら「作る」側へシフト。そこでこれから求められる人材は「夢を描き、越境する人材」ではないかと述べる。そして冒頭の問いへ。結局、それはいつの時代もさほど変わることがないのではないかと。
未来は“あいだ”にある。
分野のハードルを飛び越えていくような人材が求められており、常日頃から自分とは違う人間とコミュニケーションをとるべきなのではないかと結んでいる。
「越境する人。」を読んだ感想
広告も巻頭に入らず、このエッセイが入れられているのはそれなりに編集部のメッセージが込められているのではないかと思う。「求められる人材」とか「違う人とコミュニケーションす”べき”ではないか」など、ところどころ気になるところはある。
いや、好きにすればいいんじゃない、と。
ここでいう「求めている」主体はやはり俗にいう「社会」とか「大人」なのだと思うが、対象とする読者に被せることで、上手にその論理を強化しているようにも、穿った見方をすれば見えなくもない。
それに、「違う人とのコミュニケーションを」とあるが、平等と叫ばれるものの人間みな違う人間であるから((個人的見解では、他者なく自分はありえないし、生まれる前だけは唯一平等でどこに生まれるか選べないことを鑑みた時にはじめて平等という意味が見いだせるのではないかと思うのですが。))、そうした言葉のチョイスがむしろ「差異」を強調してしまってる気がする。
ただ、内容としては大筋同意だし、もう少し積極的にさまざまなバックグラウンドを持った人々が集う場として大学が機能すればいいのになと思う。
今の大学は日本の受験といった社会構造的に、大学に入学するのが同じような年代ばかりで、そこに関しては刺激が少ない。
もう少しなんとかならないんだろうか。それこそ、大学と地域の人々との協働や、産学連携といったシステムは、多世代間交流を促進するシステムとして機能すると少しはマシになるんじゃないかと。
対象とされているであろう想定読者
この本のタイトルは『大学が変わる 大人たちが、今、知っておきたいこと』とあるように、主語が「大人たち」と明らかに明示されているように、高校生でも大学生でもなく、「大人」だ。
ひとえに「大人」といってもさまざまな属性やら社会的立場を持つ人たちがいる。
「社会人」でも、「研究者」でも「親」とも明示はされていないが、いろいろ引っくるめて「大人」なのだろう。
直接的に関係してくるような中学生や高校生がこうした内容の本があったところで手にはとっても購入はしないでしょう。対象を中高生にするなら、明確にそうだと分かるような色使いやイラストの挿入などするでしょうし。
個人的にはこうした内容こそ中高生に読んでもらえるといいんじゃないかなと思うのだが、きっと我が子の将来を心配するような親を対象にし、そこから波及的に中高生に手に渡ればといったような感じで編集者の人たちは考えているのではないかとも思った。
論文のテーマ:文系学部廃止論争
これから論文を書いていくテーマとして「文系学部廃止論争」をピックアップする予定です。
参考になればと思い買ってみたのでした。